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インドに関する日本語のニュース

日本から、「このニュース、ほんと?」というメールが届きました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081120-00000223-reu-int
[パトナ(インド) 20日 ロイター]
自分よりも下級カーストに属する少女にラブレターを書いたインドの少年が、髪を刈られて通りを引き回された上、列車に投げ込まれて殺害されるという事件が起きた。ビハール州の警察が20日に明らかにした。
警察によると、登校途中に相手のカーストメンバーに拉致されたManish Kumar君(15)は、髪を刈られた上、母親が慈悲を懇願する中、列車に投げ込まれた。
この事件でこれまでに、1人の男が逮捕され、警察官1人が停職処分となっている。
記事は、これでおしまい。

「田舎のほうで起こったのがときどき露見する。これもそのひとつだろう」
という趣旨の返事を出すつもりで読み始めましたが、
読み終わるころには、私のほうがすっかり首をかしげてしまっていました。
さらっと読んだときに引っかかる部分が2つあります。

まず、「ラブレター」という部分です。
ラブレターを書いただけで?
この手のニュースはそこそこ見てきたつもりですが、これはどうもピンときません。

それから、カーストの上下関係についてです。
上のカースト側が下のカースト側の子をリンチして殺害する、
カースト内部で名誉のために当人を殺害する、
どちらも起こり得る話だと思いますが、
そのどちらでもない、下のカースト側が上のカースト側の子をリンチする、というのが、説明なしではうまく理解できません。

この記事のソースがロイターとのことなので、ロイターの英文記事を探して読んでみましたが、
やはり「殺害された少年のほうが、少女より少し上のカーストに属していた」とあり、相変わらず背景がわかりません。


そこで、別のソースをあたってみました。


http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article5197439.ece
ダリット(不可触賤民)のコミュニティに属する少年が、登校中にとらえられ、殴打され、通りを引き回され、髪をそられ、母親が慈悲を請う中、線路に投げ出されて死亡した。
目撃者は、警察は見ているだけだったと証言している。
この事件により、10代ひとりが逮捕され、警察官ひとりが停職となった。また、5人が拘留中である。
事件は、貧しい北部の州であるビハールで起こった。
少年は、ダリット(不可触賤民)のひとつであるRavidasコミュニティに属する。
代々、皮革にかかわる仕事に従事し、牛を神聖視するヒンドゥーに不浄な存在とみなされている。
彼は3か月前にドービーのコミュニティに属する少女にラブレターを送った。
ドービーもダリット(不可触賤民)のひとつで、洗濯を仕事としているが、ヒンドゥーのヒエラルキーの中ではRavidasより少しだけ上位になる。
ビハール州の社会学者によれば、ドービーの人々はRavidasの人々よりも教育水準が高く、結果として良い職業につくことができており、Ravidasへの差別は近年だんだんひどくなっているという。

http://www.samaylive.com/news/boy-tortured-thrown-in-front-of-running-train-for-love-affair/599515.html
ビハール州のKaimurでショッキングな名誉殺人が起こった。
15歳の少年が殴打され、衆人環視のもと引き回され、走ってくる列車の前に投げ出されて死亡した。
少年は登校中に警察署近くで7人の人間に呼び止められ、少女と交際しているだろうといわれ、殴打された。
少年は髪をそられ、顔を真っ黒に塗られて、少年の母親が許しを請うなか、市場を引き回された。
興奮した容疑者たちをとめるものはなく、リンチは1時間以上も続いた。
少年は線路につれていかれ、貨物列車の前に投げ出されて死亡した。
少年の家の近所に住む人々は、「少年は少女と交際していて、少女の家族に反対されていたようだ」と話しているという。
交際は、少年が書いた手紙により、少女の家族の知るところとなった。
容疑者は、少年の母親に対し、少女との交際をやめさせるよう申し入れを繰り返してきたが、交際は続いた。


ようやく理解できました。


カーストの上下関係を取り違えて報道しているロイターの元の英文にも問題がありそうですが、
和訳記事において、日本ではふつう「告白の手紙」を意味する「ラブレター」という言葉を使いながら、交際の可能性に全く触れなかったことも、果たして適当だったのか疑問が残ります。
「下位カーストの少女にラブレターを書いたかどで、上位カーストの少年が少女側の人間からリンチされ殺される」
そんな意味のつかみづらいニュースは、読んだ日本人にどんなインパクトを与え得たでしょうか。
「ラブレター書いたくらいのことでリンチ殺人なんて意味がわからない、信じられない」
「カースト制度という差別制度のせいで悲劇が起こるんだな、なくせばいいのに」
「インドってまだまだの国だな」
こんな感じの、漠然としたマイナスイメージを抱かせて、それでおしまいではなかったのでしょうか。

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コメント

興味深く拝見しました。未だにこういうことがあるのかと、胸が痛みます。
それにしても、ありえない状況のロイター記事を「ラブレター」と「カーストの上下」という点から、他のソースに当たって、謎の究明をした日記の論述は、これだけでニュース解説になり、この日記だけでは惜しいと思います。
ラブレターだけでなく、おそらく親密に交際していたことの証拠がラブレターであったこと、上位カーストから下位カーストに対するリンチ・殺人であること、悲しいことですが理解できます。
以前にNHK特集で「カーストに悲劇」という番組を観たことがありますが、まさにこととおりでした。警察が買収(というより、社会的規範から黙認になる)されていて、治安が効かないのです。
不可触賎民にもさらに上下があり複雑であることも『女盗賊プーラン』で知りました。インド映画「Ankur」もこういう深刻な問題でしたね。
身分差別の問題、日本では解消されたとは言いながら、未だに深層には依然として残っています。インドではさらに困難だと思いますが、同じ人間として、何とか克服してほしいと願っています。

  • 随念院
  • 2008/11/21 16:47

複雑な問題でもあり、事実に対する感じ方や考え方は千差万別で当然だと思います。
しかし、このように不十分であるうえに事実が正確でない疑いすらある記事は、それぞれの人に深く考えさせる材料として機能するはずもなく、むしろ条件反射的に他国を否定して優越感にひたらせるトンデモニュースとして機能するだけではないかと、大変残念に思っています。
北インドの田舎のほうで警察が機能しないことがある事実やその理由までそれぞれの記事に書くべきだとまでは思いませんが、せめて、2人が交際していたらしいこと、殺害された少年のほうが少し下位であったこと、双方ともにダリットであったこと、できればビハール州がインドの最貧州であることくらいはきちんと伝わらないと、本来考えるべき難しい問題に到達する以前のところでつまずいてしまいます。
庶民層の結婚式において、私に痴漢行為をはたらいた老人が、その場で男性数十人にかこまれ徹底的に殴られて骨を折られ入院に至るという「制裁」を受けました。それに限らずさまざまな場面で群衆が瞬間的に「裁判」を開き「判決」と「執行」を下しているのを目にします。その延長線上にあるものをいったん「文化」として肯定的にとらえてみると、あとに残る問題がかえってクリアに見えてくるような気がしています。

  • SUNDAR 水洗
  • 2008/11/21 17:28

そうですか、文化ですか。
<さまざまな場面で群衆が瞬間的に「裁判」を開き「判決」と「執行」を下しているのを目にします。その延長線上にあるものをいったん「文化」として肯定的にとらえてみると、あとに残る問題がかえってクリアに見えてくるような気がしています。>
そうすると、ここには差別の問題以上に深刻な問題が横たわっていますね。
私たちが、毎年年末にあの『忠臣蔵』を観て、ジーンときて涙を流します。仇討ちという殺人に間違いないのにそれを肯定的にとらえ、美化し、感激します。まさに殺人を肯定する文化です。も一ついえば、文化というよりもっと大きな問題、戦争がそうですね。
一つのニュースがこれほど深刻な問題を提起するとは。

  • 随念院
  • 2008/11/21 18:26

文化ととらえてみるならば、です。考察のための仮定と申しましょうか。
その習慣(習慣と簡単に表現することすらはばかられますが)ひとつとってみても、私には、文化であると断ずることもできなければ、悪いものであるとして否定することもできないのです。
しかし、これを悪いものと仮定してしまうと、思索も議論もそこで止まってしまい、「そんな悪いもの、なくせばいい」で済まされてしまいます。葛藤もなしになくせているならとっくになくなっているはずだが、という矛盾点の指摘も「それは、インド人はまだまだ日本のように発達した考えを持っていないから」といった類の狭量の言で片づけられてしまいます。
それよりは−その事象そのものの検討はまた別の課題として−その事象を文化と仮定していったん脇によけ、考察を進めてみると、さらに一歩深いものが見える。その次のものも脇によけ、もうひとつ踏み込めば、また次のものがみえる。そういった思索の方法がすべてではありませんが、からみあった細い糸をひとつひとつ丁寧にほどくくらいの慎重さをもってのぞむくらいでちょうどいい、たいへんに難しい問題だと思います。

  • SUNDAR 水洗
  • 2008/11/21 18:48

こんにちわ。興味深く拝見しました。
reuterとtimesでは正反対のことが書いてあるのはなぜだろう,と思いましたが
reuterはよく見ると「警察によると」少年の方が上位,という書き方なので
両記事共に本当なのかもしれません。

ところで,少し疑問なのは

>深く考えさせる材料として機能するはずもなく、むしろ条件反射的に他国を否定して優越感にひたらせるトンデモニュース
>本来考えるべき難しい問題に到達する以前のところでつまずいてしまいます。

という点なのですが,
「ラブレター」→「交際」
「下位の少年」→「上位の少年」
だと具体的にどう問題が変化するのでしょう。
いずれも「カースト制度」を原因とした
「リンチ殺人」である点で提起する問題は
大差ないように思うのですが。

このニュースで一般的に日本人がインド人に優越感を感じるかは分かりませんが,
仮にそうであるとして,カーストの上下と交際の事実があれば,
話が変わるかというとそれは大差ないように思います。

  • wa
  • 2008/11/21 21:02

失礼。
「下位の少年→上位の少年」
ではなく
「上位の少年→下位の少年」
でした。

  • wa
  • 2008/11/21 21:03

<その事象そのものの検討はまた別の課題として−その事象を文化と仮定していったん脇によけ、考察を進めてみると、さらに一歩深いものが見える。その次のものも脇によけ、もうひとつ踏み込めば、また次のものがみえる。そういった思索の方法がすべてではありませんが、からみあった細い糸をひとつひとつ丁寧にほどくくらいの慎重さをもってのぞむくらいでちょうどいい、たいへんに難しい問題だと思います。>
ものすごく大事な考察方法だと思います。この世界が当然人間の幸福のためにある世界である以上、当然なくなるべき、差別、犯罪、非行、戦争、紛争などが依然としてあるのはなぜなのかという問題です。
永遠の課題として、この問題から目をそらしてはならないと思います。
たとえば、差別の問題、日本ではもうオブラートに包まれてしまってわからなくなってしまっていますが、こういう形でいまだに顕在しているインドに、慚愧の気持ちで、学ばさしていただくということでしょうか。

  • 随念院
  • 2008/11/21 21:24

waさま
なるほど、日本人への問題提起という観点からすると、大差は生じなかったかもしれません。
上下が逆になっていると、類似事件とは違う何か特別な事情でもあるのかと考える人が出てくると思いますが、それはニュースをトンデモ扱いするかどうかということとは話が違いましたね。
交際の有無は重要ではないでしょうか。交際の事実あるいは加害者がそう思い込んだ事実があれば、類似事件と同じ文脈で考えるスタートラインに立てますが、告白の手紙を書いただけでいきなり激怒されて…という話ならば、インドで考えてもじゅうぶんトンデモな話ではないかと思います。まして日本ではどれだけトンデモ扱いされるかと思うと、やるせなく思います。

  • 水洗
  • 2008/11/21 21:46


少し理解できないのですが、根本的には依然としてカースト制度が存在しているのですよね!世界的には廃絶したと公言していますが・・・それと少年の情報は判りましたが、交際云々の彼女については一切触れていまんね!
これは将来に向けて良縁を求めている結果からでしょうか?

日本の被差別部落は、現在逆差別となり関係者がワイロを県から受け取り問題になりましたよね!ヤクザとのつながりも密接で・・政府に頼れないのでヤクザに頼む!

特に関西地方は寝強く残っている問題です。
インドだけでなく、世界中の問題で考えさせられます。

  • VIctoria
  • 2008/11/22 15:41

福岡でも根強いです。義務教育時に関連授業が再三ありましたが、他県ではないと聞きびっくりした記憶があります。
日本とインドの事象を一対一で対応させることにも慎重さが求められるとは思いますが、逆差別で思い出しました。インドの場合、大学に特別定員枠のようなものがあって、被差別階級から何割絶対入れる(成績が劣っていても優先的に合格)、というような制度があったと思います。数年前にその枠がさらに拡大されるとかされないとかいう話になり、一般の受験生が抗議していました。

  • 水洗
  • 2008/11/22 18:48