2006.04.10 Monday
2005年末に、突如として南インド展開を強化し始めてからわずか数ヶ月、
2006年2月(注1)にデリー再出店を果たしたときには、国内店舗数は10店をかるく超えていました(注2)。
デリーでは、シク教徒の多い地区であるRajouri Gardenを皮切りに、
Connaught Place、Saket、Noida、Pitampura、ほか1箇所、合計6店舗のオープンが年内に予定されています(うち数店はオープン済)。
全国では、年末までに25店展開を目指すとのこと(注1)。
KFCは、今回の店舗数拡大に先立ち、
「KFCが過去にインドから(ほぼ)撤退したのは、賃貸料が高かったからでした。
今は、モールも続々出来て、賃貸料がリーズナブルになりましたし、人々の消費水準も上昇しました。再出店は当然のことです」(注1)
と、過去の諸々を「賃貸料」の一言で誤魔化しました。
過去のKFCのインド進出と撤退に絡んでいたものが、決して「賃貸料」の問題だけでないことは、誰の目にも明らかです。
KFCがはじめてインドに進出したのは1995年7月。
場所は、既に「Electronic City」としての発展をみせていたバンガロールでした。
インドの法律は自由化の方向に向かっており、KFCとPizza Hutを展開するPepsicoも、全国30店舗の出店許可を得ていました。
ところが、KFCはそれから微妙な情勢に巻き込まれることになります。
機械的な大量飼育の状況に抗議する世界的動物愛護団体(注3)あり、
インドに多国籍企業を入れることに抵抗する国内団体あり。
動物愛護団体は、
「鶏は薬で体だけ太らされ、生後8週にも満たないうちに屠殺されている。
非人道的な扱いを受ける鶏たちを救うため、KFCに行くのをやめよう」
との運動を展開(注3)。
最近(2003年)にも、「Quit India」とのプラカードを持ち、バンガロールのKFC前で、鶏虐待に対しての抗議行動を行っていました(注2)。
そして、「Karnataka State Farmers Association」(KRRS)。
この団体を率いるNanjundaswamyは、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)に反対し、多国籍企業への打ちこわし攻撃を行ってきた活動家です。
彼は、KFCに対しても、「直接行動をとる」と脅しをかけていました。
彼の目的そのものはあくまで多国籍企業の排斥にあったにせよ、表向きの主張はこうでした。
「KFCのチキンは化学物質でいっぱいである。ホルモンや抗生物質やヒ素を与えられて太らされている。加工された揚げ物にはナトリウムが多く含まれておりコレステロールも高く、高血圧や心臓病、肥満の原因になる。アメリカでは7秒に1人が癌にかかっている。ジャンクフードチェーンの肉やチキンが原因なのだ」
バンガロールのKFCは、KRRSの脅しを受けて、開店記念のお祭りを取り止めました。
KRRSは11月1日に、「Quit India(インドを立ち去れ)」とのスローガンをかかげ、銀行、政治団体、NGOなどの支援をとりつけた大会を開催、勢いづきます。
「Quit India」とは、あのMahatma Gandhiが使った、イギリスに対する抵抗運動のスローガンです。
KRRSは、政治勢力とも手を組むことに成功します。
元環境大臣のManeka Gandhi(BJP)は、もともと多国籍企業進出反対論者ではなく、動物の権利にかかわる環境保護主義者ですが、
「ファーストフード店のインド侵略が続けば、インドの農場経営者は動物の餌や肉などを作るようになり、もうからない穀物生産をやめてしまう。貧しいインド人が食べるものにすら困っているというのに」
というKRRSの主張を、ともに唱え始めます。
そして、20人の議員と2人の元首相(V.P. SinghとChandra Sekhar)をかりたて、外国のファーストフード店急増に反対するキャンペーンを展開し始めます。
それでも営業を続けていたKFCに、裁判所から閉店命令が下されます。
「MSG(グルタミン酸ソーダ)の含有濃度が規制(1%)を外れ、2%を超えている」
という理由でした。
10月20日にオープンしたデリーのKFCも、11月6日に、同様の理由で営業許可を取り消されます。
しかしKFCは、
「1%を超えてはいない。インドには正確に測定できる設備がないのだ」
「インド中央政府の判断が出るまでは営業を続ける」
と、抵抗姿勢をみせました。
インド中央政府にも、地方自治体とは異なる思惑がありました。
経済を自由化させて多国籍企業をひきつけ、雇用拡大やインドの発展につなげたいというもので、
バンガロールの判決が、多国籍企業進出の妨げになっては困ると、(特にマクドナルドを意識して、)1995年12月に、MSGの基準値を引き上げたのです。
デリーの裁判所がKFCの営業を認め、バンガロールでも閉店命令の取り消しが決まります。
それから間もない1996年1月。
客を装って来店した約60人の男たちが、バンガロールのKFCを破壊。
襲撃したのは、前述の、KFCに脅しをかけていたKRRSでした。
バンガロールのKFCは、厳重な警戒のなか営業を再開して今に至りますが、
デリーのKFCは、結局、1999年に(注1)閉店しました。
そんな明るくない歴史があるだけに、今回の再出店は、満を持しての登場というところでしょう。
オープンして間もないRajouri GardenのKFCは、鳥インフルエンザが騒がれている状況にもかかわらず、店の外まで大行列でした。
■KFC、Rajouri Garden店をレポートしました。
http://sundar.jp/text/gourmet/KFC.htm
(注1)
http://www.newkerala.com/news2.php?action=fullnews&id=10374
(注2)
http://www.financialexpress.com/fe_full_story.php?content_id=118355l
(注3)
http://www.kentuckyfriedcruelty.com/cluckIndia.asp
(その他参考)
http://www.kfcindia.com/
http://multinationalmonitor.org/hyper/mm0196.03.htm
http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Kentucky_Fried_Chicken&action=edit
http://www.mcspotlight.org/media/press/kentucky.html
http://www.rediff.com/money/2005/nov/24kfc.htm
http://web.sfc.keio.ac.jp/~gon/lab/report/99_sp/kondou10.html
http://sekitori.web.infoseek.co.jp/Food/w_INDIA_KFC.html
http://www.expressindia.com/fe/daily/20000810/fst10031.html
2006年2月(注1)にデリー再出店を果たしたときには、国内店舗数は10店をかるく超えていました(注2)。
デリーでは、シク教徒の多い地区であるRajouri Gardenを皮切りに、
Connaught Place、Saket、Noida、Pitampura、ほか1箇所、合計6店舗のオープンが年内に予定されています(うち数店はオープン済)。
全国では、年末までに25店展開を目指すとのこと(注1)。
KFCは、今回の店舗数拡大に先立ち、
「KFCが過去にインドから(ほぼ)撤退したのは、賃貸料が高かったからでした。
今は、モールも続々出来て、賃貸料がリーズナブルになりましたし、人々の消費水準も上昇しました。再出店は当然のことです」(注1)
と、過去の諸々を「賃貸料」の一言で誤魔化しました。
過去のKFCのインド進出と撤退に絡んでいたものが、決して「賃貸料」の問題だけでないことは、誰の目にも明らかです。
KFCがはじめてインドに進出したのは1995年7月。
場所は、既に「Electronic City」としての発展をみせていたバンガロールでした。
インドの法律は自由化の方向に向かっており、KFCとPizza Hutを展開するPepsicoも、全国30店舗の出店許可を得ていました。
ところが、KFCはそれから微妙な情勢に巻き込まれることになります。
機械的な大量飼育の状況に抗議する世界的動物愛護団体(注3)あり、
インドに多国籍企業を入れることに抵抗する国内団体あり。
動物愛護団体は、
「鶏は薬で体だけ太らされ、生後8週にも満たないうちに屠殺されている。
非人道的な扱いを受ける鶏たちを救うため、KFCに行くのをやめよう」
との運動を展開(注3)。
最近(2003年)にも、「Quit India」とのプラカードを持ち、バンガロールのKFC前で、鶏虐待に対しての抗議行動を行っていました(注2)。
そして、「Karnataka State Farmers Association」(KRRS)。
この団体を率いるNanjundaswamyは、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)に反対し、多国籍企業への打ちこわし攻撃を行ってきた活動家です。
彼は、KFCに対しても、「直接行動をとる」と脅しをかけていました。
彼の目的そのものはあくまで多国籍企業の排斥にあったにせよ、表向きの主張はこうでした。
「KFCのチキンは化学物質でいっぱいである。ホルモンや抗生物質やヒ素を与えられて太らされている。加工された揚げ物にはナトリウムが多く含まれておりコレステロールも高く、高血圧や心臓病、肥満の原因になる。アメリカでは7秒に1人が癌にかかっている。ジャンクフードチェーンの肉やチキンが原因なのだ」
バンガロールのKFCは、KRRSの脅しを受けて、開店記念のお祭りを取り止めました。
KRRSは11月1日に、「Quit India(インドを立ち去れ)」とのスローガンをかかげ、銀行、政治団体、NGOなどの支援をとりつけた大会を開催、勢いづきます。
「Quit India」とは、あのMahatma Gandhiが使った、イギリスに対する抵抗運動のスローガンです。
KRRSは、政治勢力とも手を組むことに成功します。
元環境大臣のManeka Gandhi(BJP)は、もともと多国籍企業進出反対論者ではなく、動物の権利にかかわる環境保護主義者ですが、
「ファーストフード店のインド侵略が続けば、インドの農場経営者は動物の餌や肉などを作るようになり、もうからない穀物生産をやめてしまう。貧しいインド人が食べるものにすら困っているというのに」
というKRRSの主張を、ともに唱え始めます。
そして、20人の議員と2人の元首相(V.P. SinghとChandra Sekhar)をかりたて、外国のファーストフード店急増に反対するキャンペーンを展開し始めます。
それでも営業を続けていたKFCに、裁判所から閉店命令が下されます。
「MSG(グルタミン酸ソーダ)の含有濃度が規制(1%)を外れ、2%を超えている」
という理由でした。
10月20日にオープンしたデリーのKFCも、11月6日に、同様の理由で営業許可を取り消されます。
しかしKFCは、
「1%を超えてはいない。インドには正確に測定できる設備がないのだ」
「インド中央政府の判断が出るまでは営業を続ける」
と、抵抗姿勢をみせました。
インド中央政府にも、地方自治体とは異なる思惑がありました。
経済を自由化させて多国籍企業をひきつけ、雇用拡大やインドの発展につなげたいというもので、
バンガロールの判決が、多国籍企業進出の妨げになっては困ると、(特にマクドナルドを意識して、)1995年12月に、MSGの基準値を引き上げたのです。
デリーの裁判所がKFCの営業を認め、バンガロールでも閉店命令の取り消しが決まります。
それから間もない1996年1月。
客を装って来店した約60人の男たちが、バンガロールのKFCを破壊。
襲撃したのは、前述の、KFCに脅しをかけていたKRRSでした。
バンガロールのKFCは、厳重な警戒のなか営業を再開して今に至りますが、
デリーのKFCは、結局、1999年に(注1)閉店しました。
そんな明るくない歴史があるだけに、今回の再出店は、満を持しての登場というところでしょう。
オープンして間もないRajouri GardenのKFCは、鳥インフルエンザが騒がれている状況にもかかわらず、店の外まで大行列でした。
■KFC、Rajouri Garden店をレポートしました。
http://sundar.jp/text/gourmet/KFC.htm
(注1)
http://www.newkerala.com/news2.php?action=fullnews&id=10374
(注2)
http://www.financialexpress.com/fe_full_story.php?content_id=118355l
(注3)
http://www.kentuckyfriedcruelty.com/cluckIndia.asp
(その他参考)
http://www.kfcindia.com/
http://multinationalmonitor.org/hyper/mm0196.03.htm
http://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Kentucky_Fried_Chicken&action=edit
http://www.mcspotlight.org/media/press/kentucky.html
http://www.rediff.com/money/2005/nov/24kfc.htm
http://web.sfc.keio.ac.jp/~gon/lab/report/99_sp/kondou10.html
http://sekitori.web.infoseek.co.jp/Food/w_INDIA_KFC.html
http://www.expressindia.com/fe/daily/20000810/fst10031.html
